その他
三元論(さんげんろん)という概念について

この世界に於ける基本的な考え方で、3つの独立した理念・観念で構成されています。
世界のどこをどの様に切り取っても3つの特性が現れます。
世界は3特性の繰り返しで構築されています。

規則性からは任意性は生まれない。
同様に任意性からも規則性は生まれない。
この相容れない2つの要素を組み合わせる事で世界は構築されているという考え方です。
 
『1』の力を特にSai(賽・さい)と呼びます。
Sai時間の影響を受けません。
この世界に存在する全ての物・概念には単位が有り、これ以上分解できない最小単位が存在します。
これを『1 + Sai』と表します。
1単位未満の力は存在しないのと同じです。
単位未満の力は『1』『2』『3』其々の力に分解され世界に放出されます。
逆に1単位以上であればバタフライ効果等が発生すると考えられます。
 
例えば、努力は報われるかという問いがあれば、
単位以上の努力なら結果に結び付き、単位未満なら無意味という事になります。
『知識』『3』『知恵』『1』
 
知恵や才能Saiが変化したもので『形の無い物』です。
『知識』『数えられる物』『知恵』『数えられない物』とも言えます。
『問題』『答え』は元々1つの物で、『変化の力』によって分けられたのだとする考え方です。
 
例えば、卵が先か鶏が先かという問いがあれば
1の答え:『卵』か『鶏』のいずれかが先である
2の答え:『卵』及び『鶏』は不定でランダムによって答えが変わる
3の答え:どちらでもない、又は問題定義そのものが間違いである
 
この様に3つの答えが存在すると考えられます。
『三元論』は否定する事が不可能で、この世界に存在する全ての問題を解く事を可能にする理論です。
『問題』『答え』は元々1つの物。
問題の数だけ答えが存在する。
『問題』を分野に分けて全体図を構築できると仮定するなら、『答え』の全体図も構築可能である。 
『問題』と『答え』に多少の繋がりを見出せるのなら、範囲を絞る方法で『答え』の密度を上げられる。
 
※『問題』と『答え』がより多く解明される必要があります
物事の一部分を切り取ると必ず『1』『2』『3』全ての性質が現れます。
それらの一ヶ所を持ち、分岐を繰り返しながら両端に辿り着かせます。
自分で理解するとは、端から端まで繋げて自分を含めた大きな輪を作る事です。
世界は『有限』であり『無限』は存在しない。
『1』『2』『3』の有限回数の繰り返しによって必ず『終わり』がある。
 
一見すると『無』から『有』が生み出されている様に見えても それは『まやかし』で合計は必ず同じになる。
特にSaiは特定されにくく総量を間違えやすい。この世界は『完全ゼロサム』である。
『1+1』『2』にならない。
何故なら、『変化』が起きる時、世界の維持費(Sai)を払う必要があるから。
具体的には『Sai + Sai = Sai』となりSaiが失われる。
 
『1+1』の答えは『2 − Sai』である。
『任意性』『変化の力』『偶然』『苦しみ』『分ける力』
Saiは物質や物事が変化する度に生成・消費が行われます。
又、知能・才能Saiの総量で決まります。
大きな問題を解決するには大量のSaiが必要です。
安茂里「『意識』の基(もと)は『偶然』。サイコロそのもの」
   「『必然』と結び付く事で『意思』になった」
朱雪 「『意思』に関しては、『ストロボ効果』が よく引合いに出されます」
   「例えば、鳥や昆虫の羽撃(はばた)きを観察する場合、」
   「規則的に光を当てる事で、あたかも映像フィルムを編集するかのように見えます」
   「つまり、『偶然』を掴む特別な『光』を当てるんです」
安茂里「『1と3』は『偶然と必然』」
   「我々『2』は、『1』と『3』を繋ぎ、」
   「『偶然』と『必然』を足して『意思』を持った」
『意識』は『絶えず変化する事によって生まれる』のだとする考え方です
この世界に存在する全ての物は全て異なる物で同じ物は存在しない。
其々異なる物同一の物として扱う場合Saiが必要になる。
生物の場合は集合体にするとSaiが必要になり苦しみを感じる様になる。
他者の存在を認めるにはSaiが必要で、払えない場合は共食いの状態になると考えられる。
他者との違いが大きい(個性が強い)程、多くのSaiが必要になる。
子供は集団生活において他者との関係から、自分の中にあるSaiを払う訓練をするのだという考え方です。
いじめを行うと虐められた側からSaiが発生しバランスを取る様に働くのでいじめを無くすのは難しく、
虐められた側はSaiが減少した状態が続くので悪循環となります。
大人になってもSaiを出す事が困難な人は、満員電車人が多く集まる場所で気分が悪くなる等の症状が表れると思われます。
生物は日々の生活でSaiを消費しています。Saiが不足すると行動する事が困難になります。
Saiは主に食事から摂取できますが、食物の種類によってSaiの含有量が異なります。
例:鶏肉 < 豚肉 < 牛肉
例:とうもろこし < 麦 < 米
 
運動でもSaiの増加が見込め、体に余り負担を掛けない運動が最適とされます。
例えば、走ったりするよりも普通に歩くのが効果的です。
 
嗜好品の摂取でも増加しますが、体に負担を掛ける事で無理にSaiを出させる効果が強く恒常的に使用しない方が良いと思われます。
その他、ゲームや娯楽等で『楽しさ』『面白さ』を感じる事でも増加が期待できます。
但し、ゲームによっては感覚の錯覚により、取得よりも消費する方が大きくなっているのに気付かない場合があるので注意が必要です。
『単位未満の感覚』について
安茂里「宇宙で光を発する物、『1』に近い存在」
   「宇宙で観測出来ないのに何故か存在する物、『2』に近い存在」
   「だから皆、体を作って自分を守ってる」
風雅 「『1+1』が『2』にならない我々は、絶えず痛みと苦しみを受けている」
   「この問題を解決する為、我々は体を作り、『単位未満の感覚』を生み出した」
 
『依存症』について
鈴音 「そうね。こんな例えはどう?」
   「幼児が積み木を積んで、壊す遊びをするの、見た事ない?」
女の人「それ、条件次第では延々と続けますよね」
鈴音 「我々はこれを、人の『励起循環(れいきじゅんかん)』と呼んでいるわ」
   「特に、自身の疲弊に繋がる物を『依存症』、」
   「自分の『流れ』に収まる物を『嗜好』として区別しているわね」
   「一般的には、覚醒剤・麻薬・煙草・ギャンブル等が前者」
   「『好物』や『お酒』、趣味等は後者とされ、」
   「個人の特性で若干分類が変わると考えられているわよ」
女の人「つまり、その人にとって『単位未満』がどうかで変わるって事ですか?」
鈴音 「ええ、そうよ」
   「人は『流れ』が無いと生きて行けないから、」
   「自身の安全装置が働いても無視してしまうのよ」
 
『単位未満の感覚』により多少のマイナス要因を無視できる(感知できなるなる)代わりに、
 収支のバランスを崩して『依存症』になる恐れがあるという考え方です

以上、簡単に説明しました。信じる信じないは個人の自由です。この様な考え方もあるという事で。



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